低価格のみで知られる不遇の産地 サン・トーバンの知られざる個性
サン・トーバンは標高260メートルから340メートルという高地に位置するため、パワフルすぎず、酸もきれいで、飲み飽きない。モンラッシェと同じ丘に村の半分の畑が位置しているし、土壌としても申し分ない。ラミーはサン・トーバンの個性を「熟して、フレッシュで、ミネラリー」と言った。そのピュリニー・モンラッシェの緻密さとオート・コートの清潔さとコート・シャロネーズの可愛らしさを兼ね備えたような白ワインの味わいは、客観的に見るなら、多くの人に好まれる個性のはずだ。
それでも、不人気だ。市場でサン・トーバンを見るとしたら、それは普通、コランか、ドランだ。コランの場合、多くの人の頭をよぎるのは、モンラッシェの所有者としてのコラン。ようするに、高級ブランドのセカンドラインとしてのサン・トーバンだ。ドランの場合、消費者はサン・トーバンが欲しいのではなく、ビオディナミの個性的生産者としてのドランに興味があるのだ。
だから逆に、10種類ものサン・トーバンのワインを至極まっとうに造る、この村の代表的生産者、ラミーが損をする。サン・トーバン自体に興味がない人にとっては存在意義がない。しかし興味があるなら、標準となる味わいが、もっともわかりやすい形で表現されているのが、ラミーのワインだ。
サン・トーバンの基本として理解しておかなければならないことは、赤色粘土石灰質土壌と白色マルヌ土壌という、二種類の土壌だ。赤色粘土質土壌は、ピュリニーの丘の標高320メートルから下と、ピュリニー・モンラッシェの畑に接する部分にある。代表的な一級畑名でいうなら、アン・ルミリー、ラ・シャルモワ、レ・ミュルジェ・デ・ダン・ド・シェンだ。白色マルヌ土壌はそれ以外の部分で、デリエール・シェ・エデュアール、レ・フリオンヌ、レ・カステがそうだ。前者はリッチな味わいでスケールが大きく、後者は繊細で硬質なワインとなる。
モンラッシェと同じ赤色粘土質土壌は、当然のようにシャルドネに向く。アン・ルミリーは堅牢でミネラリー、ラ・シャルモワはクリーミー、レ・ミュルジェはパワフル、といった違いがある。
白色マルヌ土壌は、ピノ・ノワールに向く。この赤ワインが素晴らしい。サン・トーバンは今では白ワインが有名で、ピノ・ノワールの畑は徐々にシャルドネに改植されつつあるが、伝統的には赤ワインの産地だ。白ワインがプチ・ピュリニー的なお買い得感から評価されるのに対して、赤ワインのほうは遥かに独自性があり、サン・トーバンらしさがより伝わってくる。たとえば、チェリーとスパイスの硬質な香り、タイトな構造、そして鋭角的なエネルギー感が特徴的な、デリエール・シェ・エデュアール。同種の土壌を持つフォージュレー・ド・ボークレールのボンヌ・マールやモンティーユのヴォルネイ・タイユピエが好きならば理解できる通なワインであり、一度は試してみるべき個性だ。
ワイナート36号『今どきブルゴーニュ』より抜粋